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今日は本の紹介です。著者は宿用院住職の三部義道(さんべ・ぎどう)氏です。

三部住職は最上町の松林寺の生まれですが、駒澤大学仏教学部卒業後、大本山永平寺で修行の後、縁あって1986年から宿用院の住職として務められております。’92~’95年まで永平寺で吉祥閣講師を務められ、又、曹洞宗のボランティア協会の専務理事も務められた経歴を持っています。

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お寺は住宅街の奥まったところにあり、檀家数もそれほど多くはありません。話を聞こうとお寺に行きましたが入り口が工事中で引き返してきました。

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大場満朗さんの講演会のときにもチラッとふれましたが、行動力の在る住職でボランティアで各地に出かけていきます。中越新潟地震の時には僕もお誘いを頂き、炊き出しのお手伝いに行ってきました。そのときも住職は山形県曹洞宗青年会を取り仕切り新潟の曹洞宗青年会の方と情報交換をしながら小千谷市へ向かいました。

さて、本題の本ですが、我が父親がお邪魔してきたときに譲っていただきました。(前にも頂いていたのですが本棚の奥深くに・・・)

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『やる気があるのか』です。これは修行中の自分に対する戒めの言葉と考えます。自分に厳しく出来ないと修行は務まりません。覚悟はしてきたものの、想像以上の厳しい修行に甘えが出てしまうときもあったそうです。
修行時代の話から永平寺から歩いて山形へ帰ってきたときの日記、また、永平寺吉祥閣伝道部講師のときのお話など盛りだくさんで、また、学問の無い僕にとっても読みやすい構成となっております。
また、第4章では宿用院寺報(小冊子?)に記されてきた心の残る言葉なども解釈付で掲載されておりました。

ここで、ひとつ、ご披露します。

子供の不幸


子供を不幸にする
いちばん確実は方法は
いつでも
なんでも
手に入れられるように
してやることだ
         (ルソー)



常に与えられる生活をしてきた子供はかわいそうな人間といえるかもしれません。
それは、欲しいものが手に入らないときの苦しみが大きいからです。欲しくても与えられなかった生活をしてきた子供に比べて我慢するという経験が少ないため得られない苦しみは大きくなってしまうでしょう。(中略)
また、苦労して手に入れたときの喜びの大きさを知りません。目標に向かって努力し、我慢し、辛さも経験しその後、達成できたときの喜びは苦労が多いほど大きくなるものです。この、喜びを知らないのは不幸といえるのかも知れません。


など、改めて自分を振り返ってみて考えてしまうような法話(?)がたくさん記されております。
僕も娘のことを甘やかしていることに気がつきます。・・・・反省!

このブログのリンクサイトに三部義道住職のホームページ『なあむ ヤドカリ和尚の考えたこと』がありますのでたまにのぞいてみてください。

自分を見つめなおす良いきっかけになるかもしれません。


なあむ ヤドカリ和尚の考えたこと

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